今回はトランスヒューマニズムの歴史と、それに関連してくる、ニューエイジ運動や、大衆の洗脳をするための研究の一つ、MKウルトラ計画などについてお話します。
これを知ることでトランスヒューマニズム運動も、ニューエイジ運動も根っこ部分が同じだということがわかると思います。
フェビアン協会の科学的独裁体制構想
前回は、トランスヒューマニズムという用語を広めた人物『素晴らしい新世界』の著者オルダス・ハクスリーの兄、ジュリアン・ハクスリーであるという話をしました。
ジュリアン・ハクスリーは「イギリス優生学会」の副会長と会長を務めた生物学者で、ユネスコの初代事務局長でもありました。
ジュリアンは1957年にトランスヒューマニズムというタイトルのエッセイを書いて、その基本原理を提唱しました。その一部をご紹介します。
『今日に至るまで、人間の人生はホッブズが説明した様に、一般的に「不快かつ野卑で短い」ものであった。人類の大部分は貧困、病気、不健康、過労、虐待、抑圧など、何らかの形で悲惨さに悩まされている。』(中略)
「私はトランスヒューマニズムを信じている。(中略)現代の人類と北京原人が異なるように、現代の人類が新たな種の存在としての域に達することができるだろう。」
このように、ジュリアンはエッセイを通して、人間は今の人間を超越することで、人生の苦悩から脱することができるとしています。
この発言で重要な部分は人生を「不快かつ野蛮で短い」としていることです。「不快かつ野蛮で短い」人生から脱することこそがトランスヒューマニズムの基本原理です。
トランスヒューマニストを推進する中心的な人物の多くは唯物論的で、今のこの世界を肯定的に捉えていません。その代わりにテクノロジーを信奉して、テクノロジーでこの世界を書き換えようとしています。
そのような科学的なヒューマニズムは伝統的な宗教観を壊す機能を持っており、ジュリアン・ハクスリーもまた無神論者で、科学的ヒューマニズムの立場をとっていました。
科学的ヒューマニズムというと、聞こえは穏やかですが、これは科学者や知識人をトップとする、支配構造を構築するための考え方でもあります。
神の代わりにテクノロジーを信奉するという科学至上主義的な考え方はその頃は既に珍しくありませんでした。
というのも、19世紀半ば以降の産業革命と帝国主義が相まった結果、それ以降の知識人たちを中心に科学で世界を統一するという構想が練られるようになったのです。
例えば、オルダス・ハクスリーも属していた、イギリスの社会主義知識人が集まるフェビアン協会のメンバーの多くは世界政府の構想も練っていたといいます。
『タイムマシン』や『宇宙戦争』などのSF小説の作者としても有名な、ハーバート・ジョージ・ウェルズもフェビアン協会のメンバーで、1939年に『新世界秩序』という本を出し、国家を廃絶し、世界を一つの国家とする構想を描きました。
また、ウェルズはハクスリーが描いた素晴らしい新世界と同じように、テクノクラートによる科学的独裁体制の構想も持っていたようです。
フェビアン協会はイギリスの労働党の基盤の団体として、現在も存在しており、トニー・ブレアやゴードン・ブラウン元首相も会員であり、ブラウン元首相は今年の3月にコロナウイルスの対応策として世界政府を設立することを提言しました。
突拍子もなく世界政府が出てきたと思われていますが、彼がフェビアン協会のメンバーであるという認識を持てば、それは不思議ではないでしょう。
さて、話をトランスヒューマニズムに戻します。
そもそもトランスヒューマニズムの基本的な着想は、1923年にイギリスの生物学者J・B・S・ホールデンのエッセイ『ダイダロス、あるいは科学と未来』によって初めて提唱されており、そこには、高度な科学技術を人間の生物学に応用することによって大きな利益がもたらされることが予言されています。
このホールデンとウェルズとジュリアン・ハクスリーは共著を出すほどの間柄で、ジュリアンの弟で『素晴らしい新世界』の著者のオルダス・ハクスリーとホールデンは幼い頃からの親友です。
テクノロジーによる徹底的な管理社会を描いた『素晴らしい新世界』に出てくる人工子宮で胎児を育てる話などはホールデンの『ダイダロス』の影響が非常に大きく、無断借用ではないかとも言われています。
つまり、ハクスリー兄弟はホールデンのトランスヒューマニズムの構想に大きな影響を受けていると考えることができ、『トランスヒューマニズム』を著したジュリアン・ハクスリーもテクノロジーによる人類の進化が構想されていたと言ってもいいと思います。
ただ、この時は人工知能という言葉が作られたばかりの頃で、ハクスリー兄弟が構想を練っていたのは、現代のトランスヒューマニズム運動で模索されているような機械に精神を転送するという可能性ではなく、薬理学的な方法の可能性だと思われます。
その証拠に、弟のオルダス・ハクスリーは神秘主義研究に目覚め、『知覚の扉』という本で、幻覚剤メスカリンをオルダス・ハクスリー自身が実際に体験したエッセイを記述しました。
それはサイケデリックなドラッグ文化の最初のマニフェストであり、60年代でアメリカの西海岸を中心に流行したカウンターカルチャーとニューエイジ運動において、LSDによる意識の拡張を追求した社会的ムーブメントの火付け役を果たしました。
実はニューエイジ運動とトランスヒューマニズムには密接な関係があります。
一見関係がなさそうなこの二つはどのような関りがあるのでしょうか。
MKウルトラ計画
CIAとイギリスのタヴィストック人間関係研究所は共同で極秘裏に、ある洗脳実験が実施されていました。それが悪名高いMKウルトラ計画です。
MKウルトラ計画とはCIAによる洗脳実験のコードネームのことであり、精神分裂病に関するナチスの実験の延長線上にあり、ペーパークリップ作戦によって戦後ナチスの優秀な科学者がアメリカに連行されたことから始まります。
同プロジェクトのもとで、1950年代から60年代末までCIA職員や軍人、医師、妊婦、精神病患者らを対象に事前の同意なしに様々な洗脳実験が行われていました。
よくある陰謀論のように聞こえますが、1975年にアメリカ連邦議会で初公開されて明らかにされています。
同プロジェクトの中では自白剤の開発や記憶の消去といった技術の研究のため、電気ショックなどの拷問実験や、薬物による洗脳実験が行われました。薬物による洗脳実験は西海岸で巻き起こったカウンターカルチャーにおいても実行され、CIAの工作により、大量のLSDなどのドラッグがヒッピーを中心に広がります。
そのMKウルトラ計画に実はオルダス・ハクスリーも関与しており、しばしばレクチャーを行い、秘密諜報計画に加わっていたとされています。ドラッグに染まるヒッピーたちの間でオルダス・ハクスリーの著書『知覚の扉』がある種のバイブルになっていたことも決して偶然ではないでしょう。
カウンターカルチャーとともに広がったニューエイジ運動の一環として、ドラッグによってインスタントな悟りを得るという手法が流行したのも決して偶然ではありません。
これは大衆を相手にした壮大な実験だったのです。
そしてトランスヒューマニズムも方法論が違うだけで根っこは同じです。
メイシー会議
トランスヒューマニズムという用語を作ったのは一般的にはジュリアン・ハクスリーとされていますが、現代におけるトランスヒューマニズムの母体ともいえるサイバネティクス(人工頭脳学)は戦前からありました。サイバネティクスとは生理学と機械工学、システム工学、情報工学を統一的に扱う学問領域です。
そのサイバネティクスを形作ったメイシー会議は1941年から60年まで行われていましたが、この会議ではサイバネティクスの創始者、ノーバート・ウィーナーや原子爆弾やコンピュータの開発に関与したジョン・フォン・ノイマンなど、当時の学術界の最先端にいた学者たちが集まり、サイバネティクスだけでなく、自己組織化理論、心理療法、認知科学などについても話し合われました。その一環として、同会議のメンバーはMKウルトラ計画にも関わっています。
つまり、メイシー会議ではMKウルトラ計画を通して大衆の洗脳法についても話し合われており、サイバネティクスにおける洗脳法についても話し合われていたというのは想像に難くありません。
しかし、その頃は現代のコンピューターの原型となるものや言語プログラミングが開発されたばかりであり、人工知能という言葉が現れたのも1956年なので、科学者たちが考えていたサイバネティクス構想に技術がまだ追い付いていなかったといえます。
人間と機械が融合するという現代的なトランスヒューマニズム的な世界観が大衆に広がり始めるのは1980年代の頃からです。
サイバーパンク
大衆文化におけるその受容には、1984年に発刊されたウィリアム・ギブスンのSF小説、『ニューロマンサー』(原型作品は『クローム襲撃』)が大きく貢献しました。
ニューロマンサーはサイバーパンクの先駆け的な作品でもあり、サイバネティクス技術と超巨大電脳ネットワークが地球を覆いつくしている世界観で、電脳空間に意識ごと、没入できるという設定です。
これは映画『マトリックス』の元になった作品でもあり、もともとマトリックスはニューロマンサーの映像化の話から始まり、スポンサーが付かなかったために、企画が変更され、マトリックスの物語が出来上がりました。
多くの人がご存知のように、マトリックスは、人類を電脳空間に閉じ込める人工知能とそれに抗う人類の闘いの物語です。
ニューロマンサーが発表される以前から、人工知能による管理社会や、人と人工知能の融合を描いたSF作品はありましたが、ニューロマンサーがそれらと一線を画すのは電脳空間に人間の意識がはいれるという点です。
つまり、物語を通して示された、電脳空間への意識の拡張というアイデアは、当時は非常に斬新だったのです。
その頃にはサイバネティクスの研究もかなり進んでおり、家庭用のコンピューターも一般的になりつつありました。
つまり、メイシー会議で話し合われていたと考えられる構想に、技術が追い付き始め、SF小説などによって大衆文化にもそれが溶け込み始めたのが、80年代だったのです。
現代のトランスヒューマニズム
そしてこの頃にサイバネティクスの学者たちが当時構想していたと考えられる世界観とジュリアン・ハクスリーが広めたトランスヒューマニズムという用語が融合し始めます。
つまり、この頃から機械と人間の融合が公に議論され始めるのです。現代におけるトランスヒューマニズムもまたアメリカのカリフォルニアを中心に広がりました。
現代におけるトランスヒューマニズムの定義に関しては未来学者のマックス・モアが1990年に『Transhumanism:Toward a Futurist Philosophy』で提唱したものが、もっとも広く普及しています。
その提唱がこちらです。
「トランスヒューマニズムは、生命を促進する原則と価値に基づき、科学技術により現在の人間の形態や限界を超克した知的生命への進化の継続と加速を追及する生命哲学の一潮流である。」
そして、現代のトランスヒューマニズム運動を牽引してきた人物として、「シンギュラリティ」という言葉でAIが人類の知能を超える日が来るという仮説を広めたレイ・カーツワイルや1998年に世界トランスヒューマニスト協会を設立したニック・ボストロムなどが有名です。
彼らは機械に人間の精神をアップロードするという「精神転送」の可能性を追求しており、その技術は可能になると断言しています。
つまり、自分の意識をデジタル化し、それを機械に移すことでデジタル人間として生まれ変わり、永遠の命を得ることが可能と考えているのです。
1957年に「トランスヒューマニズム」という用語を広めたジュリアン・ハクスリーは未来にこのような世界が作り出されると想像していたかどうかは分かりませんが、彼が提唱した基本原理は変わっていません。
つまり「不快かつ野卑で短い」人生から脱すること、そのために人間の限界を超越するという基本原理は今もなお息づいているのです。
それは日本トランスヒューマニスト協会のトランスヒューマニズムに対するコメントからも窺い知ることができます。それがこちらです。
科学技術で積極的に人間を改良するという思想は、一聞すると非常に非人道的で冷酷な考えのように感じることでしょう。生命の冒涜だと捉える方もいるかもしれません。しかしトランスヒューマニズムの本質は、生命の抑制ではなく促進です。科学技術の力によって病気や障害のみならず老化や死までをも克服し、生きていることの喜びを最大限に感受できるようになること。だれもが生きていることの素晴らしさを実感できるようになること。生という貴重で美しい体験をあらゆる手段をもって保護・保存すること。これこそがトランスヒューマニズムの基礎をなす考え方です。トランスヒューマニストとはすなわち、「生命への愛」により定義される人々なのです。
要するに、テクノロジーによって永遠の命を得ることが究極の目的だということです。
老化や病気や死の苦しみから脱するために、トランスヒューマニズムはいかがですか、というわけです。
しかし、果たして永遠の命を得ることが本当の幸せなのでしょうか。そもそも、トランスヒューマニストたちは、自分の精神を機械に転送をすることでデジタル人間ができるとしていますが、果たしてそれは、本当に自分なのでしょうか。
そして、魂はどうなるのでしょうか。
トランスヒューマニズム運動とニューエイジ運動の共通性
ここでニューエイジの話に戻すと、ニューエイジ運動で奨励されたドラッグによる意識の変容と、トランスヒューマニズムの科学技術による意識の拡大の発想の出所はほとんど同じだという点を見過ごしてはならないと思います。
どちらも方法論は違いますが、思想的に目指す方向はほとんど同じです。
ニューエイジ運動は幻覚剤などで意識を変容させ、自己の内なる神または宇宙と融合するという神秘的体験を得ようとする神秘主義でしたが、トランスヒューマニズムは科学技術で永遠の命を手に入れようというもので、不死を得るということは、言い換えれば神になるということでもあります。
実際に、トランスヒューマニズム運動の中には、テクノロジーによって人間は神になれるという言説がみられます。
ニューエイジ運動というのは、MKウルトラ計画をCIAとともに主導したタヴィストック研究所が設計したもので、ドラッグやロックなどによって、キリスト教などの伝統的な宗教観や、家族観を壊す目的がありました。
ニューエイジ運動を拡大するために、ビートルズがタヴィストック研究所に利用されていたのは有名な話です。
その詳細についてはここでは触れませんが、結果的に社会はタヴィストック研究所の狙い通りに、退廃的になってしまいました。
タヴィストック研究所は、ロスチャイルド家と英国王室が提供した資金で設立され、ロックフェラーも関与しています。
トランスヒューマニズムもロスチャイルドやロックフェラーなどの意向だとみていいです。
その証拠に、ロスチャイルドとロックフェラーらが中心となっているビルダーバーグ会議で、欧州貴族や多国籍企業の重鎮たちが一堂に集まって、様々なテーマで今後の世界をいかに運営していくのかということが話し合われていますが、2019年のビルダーバーグ会議のテーマの一つとして人工知能について話し合われています。
さらにトランスヒューマニズムを推進するピーター・ティールやニック・ボストロムがそれに参加していることからも、トランスヒューマニズムは彼らのアジェンダの一つだと考えていいでしょう。
そもそもトランスヒューマニズムの母体となったサイバネティクスについて話し合われたメイシー会議も、ジョサイア・メイシー・ジュニア財団の資金で運営されていましたが、メイシー財団も実質ロックフェラー財団の傘下でした。
メイシー財団の設立者のキャサリン・メイシーの父、ジョサイア・メイシー・ジュニアは、ロックフェラー家のスタンダードオイルのもとで働き、財を成しました。
キャサリン・メイシーはその父親の財産でメイシー財団を1930年に設立しましたが、その活動の多くはロックフェラー財団のためのものだったのです。
そのメイシー財団の資金でメイシー会議が運営され、そこでサイバネティクスについて話し合われていたので、サイバネティクス研究も人類の発展に寄与するためというよりは、人類をいかに支配するのかという側面が強かったのではないかと考えることができます。
それが現代ではトランスヒューマニズムという言葉に変わっているだけで、実態は同じだとみていいでしょう。
つまり、ニューエイジ運動もトランスヒューマニズム運動も方法論が違うだけで、根っこの部分は同じであり、やろうとしていることに大差はないということです。
ニューエイジ運動においては、意識を変容させて、神と融合できるというような謳い文句でドラッグが勧められた一方で、トランスヒューマニズム運動においては、永遠の命を得て、神になれるというような謳い文句で、意識のデジタル化とそのためのマイクロチップの脳内への挿入が勧められています。
ドラッグによって人が退廃的になってしまったのは言うまでもありませんが、意識をデジタル化して、それを機械に移すと、デジタル人格を持った、もう一人の自分が本当に出来上がるのでしょうか。
そのあたりの話は次回にしようと思います。
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