米大統領選挙の顛末。情報による大分断を超克し、陰謀論のその先へ

今回はアメリカの大統領選の顛末をみて思ったことをお話します。今回のお話は、大統領選をこまめに追っていた方にとっては目新しい情報はないと思いますので、最新情報を求めている方は予めご了承ください。

 

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陰謀論との向き合い方

 

アメリカ大統領選挙は不正問題で騒動が発展し、年明け早々、ホワイトハウスの襲撃事件が起こるなどして、戒厳令も発令されるのではないかと騒がれましたが、それ以降は特に大きな変化もなく、バイデン氏が大統領に就任するということになりました。

 

その騒ぎの中で、様々な情報が錯綜し、デマも溢れていたので、特にTwitterやyoutubeなどのSNS界隈はカオスの状態になっていたことは皆様が知る通りだと思います。

 

言論統制が厳しくなってきたTwitterの、代替のSNSとして期待されたパーラーで「停電したバチカンでローマ教皇が逮捕された」という情報や「トランプ大統領によって緊急放送システムが使われるから停電に備えよ」とか「ペロシ下院議長が逮捕された」といったような情報が拡散され、そこからyoutubeなどにも広がりましたが、結局それらは何も起きていないようです。

 

主な情報源はトランプ氏を支持する弁護士リン・ウッド氏によるものだったようで、信憑性が高いものとして見られていましたが、バチカンの停電も現地情報によれば、そのようなことは起きていないようですし、ローマ法王が逮捕となれば、13億人の信者を抱えるカトリック教会の頂点にいる人物なので、もっと大きなニュースになるはずです。

 

また、ペロシ氏が逮捕されたということも今のところはないようですし、緊急放送システムというのも大統領選挙の前から、起こる起こると様々な人に言われ、一部では期待とともに見られていましたが、結局、1月20日の就任式までに起こることはありませんでした。

 

リン・ウッド氏の意図は何だったのかは分かりませんし、そのアカウントは本当に本人のものだったのかも分かりませんが、ある特定のアカウントによる情報がこれだけ多くの人々に拡散され、信じさせることができたのは極めて異例と言えるかもしれません。

 

ネット界隈では、軍事クーデターによって奇跡の逆転劇が起こるとも言われていましたが、そんなことはなく、そうとなれば、次は、アメリカ合衆国とは別にアメリカ共和国が誕生し、トランプ氏が初代大統領に就任したという情報や3月にその就任式が行われるというような言説が出回るようになりました。

 

他にもトランプ氏を巡る様々な言説が飛び交っており、それらについてはここでは深掘りしませんが、そのような希望的観測はもう懲り懲りという人もいれば、半信半疑で慎重に見る人や、全面的に信じ続けようとする人もいるでしょう。

 

もしくはその情報は何かの陽動で、別のところで他の何かが動いている可能性もあるとみている人もいると思います。

 

テレビや新聞による偏向報道を問題視する人が増えましたが、SNSで拡散される情報も扇動的なデマも混じっていることは言うまでもなく、その見極めはより難しくなってきているように思います。

 

また、SNSの情報は、精査なしにそのまま受け取ってしまうと、どんどん極端な見方になってしまいます。また、真相究明の発信の中には、覚醒を促しながらも、また別の夢を見させるような発信であったり、過激な言論も少なくはありません。

 

かといって、そのような情報全てを「陰謀論」という言葉で一括りにして、フェイクだとレッテルを貼るのも一種の思考停止です。

 

陰謀論、英語でいえば、conspiracy という言葉は、ケネディ大統領が暗殺された以降に、CIAの工作員が意図的に流布させたという説があります。仮にそれさえもデマだとしても「木を隠すなら森に」というように「陰謀を隠すなら陰謀論という言葉でレッテル貼りすればいい」といった具合に、大衆を思考停止に導くワードとしては最適な言葉です。

 

実際に、今回の選挙では様々な陰謀が蠢いていたことは確かだと思いますが、それらを陰謀論だと一括りにする言説も見受けられます。

 

そもそも選挙の不正問題は今に始まったことではないと思いますが、それがSNSの拡散で多くの人の目に触れることになりました。それらがすべて「陰謀論」の一言で片づけられたり、一国の大統領のアカウントを停止するといった、ビッグテックによる事実上の言論統制が当然のように受け止められる風潮を看過するのも大いに問題があると思います。

 

逆に、都合の悪いことをすべてディープステートや国際金融資本家の陰謀のせいだと決めつけてしまうと、盲点が生じ、客観性を失い、偏向的になってしまうと思います。

 

また、陰謀論というのは出口のない迷路のようなもので、それにはまり込みすぎると、段々と心が荒んでいき、自制が働かないと言動がどんどん攻撃的な傾向になっていきます。

 

実際、陰謀論にはまり込んだ人の中には、意見が異なり、対立する人を敵として認定し、執拗に攻撃する人もいるように見受けられます。そうなると、ミイラ取りがミイラになるというように、闇を追及していたはずの自身が、いつの間にか周りに闇として見られてしまうことになります。

 

「白か黒か」「0か100か」というように、極端に走ってしまうと、善悪二元論的になり、本質を見失い、周りの信頼も失ってしまうということです。

 

考え方は人それぞれですが、誰しも心の奥では平和な世界になることを願っているはずです。

 

この大統領選を巡って、言論界でも見解の違いで分断しているようですが、そういった違いにとらわれず、平和を願うという抽象度の高い点で一致する意識を持てば、冷静に有意義な意見交換をしたり、協力することもできるはずです。

 

思想やイデオロギー、考え方の違いで分断するというのは自然界では人間だけです。そういった多少の違いで大衆が分断されることこそ、いわゆる、ディープステートや国際金融資本家たちといった、支配層とされている人たちの思う壺だと言うこともできます。

 

また、様々な情報が溢れすぎて、何が正しいものなのか、何がデマであるのかを見極めるのが難しくなってきていますが、希望的観測に執着してしまうと、願望に沿う情報だけを見て、それ以外をフェイクだと断じて見なくなる傾向に陥り、一種の現実逃避とも言え、それも客観的に情報を分析されたら困る人たちにとって都合の良いことであると言えると思います。

 

また、願望に固執し続けると、それが実現しなかった時に大きな失望を味わい、その中にはすべてを諦観してしまうような人も出てくるでしょう。

 

なるべく、先入観を排除したうえで情報を精査し、もし希望通りに事が運ばなかったとしても、その現実を受け止め、その都度自身ができることを見出し、行動に移していくような、柔軟な姿勢を持つことも大事だと思います。

 

 

自灯明、法灯明

 

究極を言えば、希望的観測や悲観的な見方を含めた、あらゆる見方に束縛されない心を持ちつつも、世界がどうなっても、自己を拠り所にし、悠々と生きること、つまり、自己に由ること、それが本当の自由だと思います。

 

自己を拠り所にすること、それがブッダが人生の最期に残したとされる、自灯明の教えです。

 

自灯明とともに、真理を頼りにして生きる、法灯明の教えも説きました。つまり、真理を基盤とした自分自身を拠り所として、先の見えない暗闇のような人生を、大きく照らす灯火になりなさいということだと思います。

 

それとは反対に、自分以外の外側の世界、他の誰か、つまり、無常なる現象世界を拠り所にしてしまうと、それは自身の意志ではコントロールできないので、一時的に心の拠り所になり得たとしても、すぐに崩れ去ってしまうと言えます。

 

人間万事 塞翁が馬

 

また、古代中国の故事の「人間万事、塞翁が馬」という例えのように、人生の吉凶禍福は予測できず、一時的に福とみえるものが、新たな禍の原因となることもあれば、それとは逆に、禍が転じて、福となることもあります。

 

「塞翁が馬」のお話は、前漢時代の思想書『淮南子』が出典で、学校で習った方もいらっしゃるかと思いますが、簡単にご紹介します。

 

 

「塞翁が馬」のお話は、前漢時代の思想書『淮南子』が出典で、学校で習った方もいらっしゃるかと思いますが、簡単にご紹介します。

 

国境の塞のほとりに住む老人、つまり塞翁が飼っていた優秀な馬がある日、逃げてしまいました。

 

その時、周りの同情とは反対に塞翁は「これがきっかけで、何かいいことが起こるかも知れない」とだけ言って、我慢強く待ち続けました。

 

すると、その馬が別の白い馬を連れ帰ってきたのです。

 

周りの人々は祝福したのですが、塞翁は「これがきっかけで、別の悪いことが起こるかもしれない」と自分を戒め、決して喜びませんでした。

 

それから、塞翁の息子が新しくやって来た白馬から落ちて、片足を挫いてしまいます。

 

周りの人々はまた同じように慰めの言葉を掛けましたが、塞翁は「これもまた、良いことの前兆かも知れないと告げます。

 

それからしばらくして、隣国との戦争が勃発し、若い男は皆、戦争に駆り出されて戦死してしまいました。しかし塞翁の息子は怪我をしていたため、徴兵されず命拾いしました。

 

そして、戦争も終わり、塞翁は息子たちと一緒に末永く幸せに暮らしたというところで終わるお話です。

 

このように、自身を取り巻く世の中の変化は到底明らかにすることはできず、その深さは、とても計り知れないので、一時的な結果に一喜一憂せず、冷静に生きなさいという示唆が含まれた故事だと言えると思います。

 

この先、アメリカ内部で新しい国のようなものができて、分断していくかもしれませんし、何事も起こることなく、旧来の支配体制が強化されていくだけかもしれません。

 

また、アメリカだけでなく、日本も、中国も、他の国々でも何が起き、世界がどうなるのかは分かりません。

 

グローバリズムという名の、世界共産主義化の波が更に大きくなるかもしれません。

 

いずれにしても、世に蔓延る欺瞞や矛盾がどんどん表面化してきており、その流れが強まっていけばいくほど、何とかしないといけないという思いを持つ人が増えるでしょうし、事態が好転する兆候も見えてくると思います。

 

その時に、意見や考え方の違いで対立し、言い争うことで分断するのではなく、平和な世界に移行することを願うという点で一致し、冷静に意見を交わし、協力できるところで協力をしていけば、その流れはより良くなっていくでしょう。

 

未来を予測し、それに備えることも重要ですが、それよりも重要なことは、どのような未来がやってきても一喜一憂せず、なおかつ分断することなく、一致していく意識を持つことだと思います。

 

分断から統合へ、愛に基づいた大いなる統合へ。今後、人類が向かう先はこれしかないと思います。。

 

さて、今回はアメリカの現状をもとに話を展開しましたが、アメリカだけでなく、もちろんその他の国々、日本自体の動き、国という枠組みを超えた企業の動きも重要です。

 

そして、現象世界の動きを見ながらも、内的世界である、自己との対話を欠かすことなく、小さなことからでも、自身がすべきことを見出していくことが何よりも大切だと思います。。

 

それでは今回はこれで終わりにします。

 

今回も最後までご覧いただきありがとうございました。

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