自民党改憲案の緊急事態条項の実態。海外との比較で分かる問題点

5月3日は憲法記念日でしたが、安倍首相は毎年恒例の憲法フォーラムのビデオメッセージで、緊急事態条項を盛り込んだ憲法に改正する必要性を改めて説きました。

 

これに対し「安倍首相は火事場泥棒的にコロナウイルスを利用して、緊急事態条項を盛り込んで憲法改正しようとしている」というような批判が相次いでいます。

 

さて、その緊急事態条項ですが、一体どういうものなのかを細かく検証しないことには批評ができません。今は緊急事態宣言が出されていますが、それと一体何が違うのか。そして他の国の緊急事態条項と比較したうえで、自民党の改憲草案の緊急事態条項は何が問題といえるのか。

 

思考停止的に受け入れるでもなく、条件反射的に頭ごなしに否定するのでもなく、具体的な問題点を他人にも説明ができ、自分ならこうすると意見が言えるように、一人一人がしっかりと理解を深めるべき重大なテーマだと思います。

 

ということで、これから自民党案の緊急事態条項の実態を明らかにしていこうと思います。

 

 

緊急事態条項とは

 

そもそも緊急事態条項とは何かというと、自民党が2012年に発表した、憲法改正草案の中で創設を提案されたもので、戦争・内乱・大災害などの非常事態が生じた時に、内閣総理大臣が「これは緊急事態である」と認定すると、内閣は国会での審議なしに、法律と同じ効力をもつ政令を出すことができ、財政支出についても独断で決めることができ、地方自治体も従わせることができ、国民は、その指示に従わなければならないという規定です。

 

 

今、全国に発令されている緊急事態宣言はご存知の通り、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいたもので、緊急事態条項と名前は似ていますが全くの別物です。

 

緊急事態宣言では、営業の休止や外出の自粛などの要請しかできません。現行の日本国憲法では経済活動の自由や移動の自由が保障されているため、政府が営業禁止令や外出禁止令などを出せば、憲法違反になってしまう恐れがあるのです。

 

一方、自民党草案で憲法が改正された場合の緊急事態条項であれば、非常事態の対応として、不要不急の外出や営業に対して罰則を科すことができる外出禁止令や営業禁止令を政令として出せるようになると考えられます。

 

改憲派の一部の人たちは、外出自粛要請をしても、神奈川県の江の島などに人が押し寄せることがあったことを挙げて、罰則付きの強い行動制限を設けるために緊急事態条項の必要性を説いています。

 

確かに、罰則付きの行動制限はアメリカや欧州でもみられ、日本の現行憲法ではそれができないので、改憲が必要だと誘導されてしまいがちです。

 

しかし、改憲をするにしても慎重な議論が必要であり、この一つの側面だけを取り上げて、改憲が必要だと急ぐのは危険な論調だと言わざるを得ません。

 

この緊急事態条項を議論する場合は、パンデミック対策という一側面だけでなく、あらゆる側面から危険性などの認識を一致させたうえで議論を進めていく必要があります。

 

また、外国でも緊急事態条項があるのだから日本も作らなくてはならないという主張も多いです。しかし、諸外国の緊急事態条項と自民党草案の緊急事態条項を比較してみると、自民党草案のものはかなり問題点が多いです。緊急事態条項は確かに必要かもしれませんが、今のままだと大問題です。

 

では、この緊急事態条項の問題点は一体何なのかということを現代の外国の例と比較しながら話していきます。

 

草案(2012年)の緊急事態条項の問題点

 

では、2012年に出された自民党草案と、2018年に自民党大会で出された憲法改正のたたき台素案の緊急事態条項をそれぞれみてみましょう。

全てを見て頂きたいのですが、特に重要な箇所から抽出していきます。まずは2012年に出された草案の第98条の第一項をご覧ください。

 

読み上げます。

 

第98条(緊急事態の宣言)
 1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

 

次に99条の一項目目はこんな内容です。

 

第99条(緊急事態の宣言の効果)
 1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

 

さて、憲法の専門家はこれをどう見ているのでしょうか。例えば、憲政学の専門家である東京都立大学の木村草太教授の指摘が参考になります。同氏はこの緊急事態条項の実態を「内閣独裁権条項」と表現しています。

 

どういうことかというと、前述したように、緊急事態条項が発動される時は、内閣が閣議決定だけで国会の関与なしに法律と同じ効力を持つ政令を出せるようにしています。

 

つまり、たった十数人の意思決定で、国会での審議なしに法律と同等の効力を持つルールを作ることができるというわけです。

 

 

しかも、政令の対象に限定はないので、何でもつくれてしまうことになります。例えば、自然災害の時であれば、自然災害に対応する政令のみをつくれるように限定しなければ、濫用される恐れがあります。つまり、自然災害時の緊急事態でも、刑法や、民法、公職選挙法、国会法、裁判所法、警察法、地方自治法などの改正もできてしまう案になっているのです。

 

また、政令の時限も設けられていないので、永久に続く政令が国会の審議なしで作られてしまうことになります。さらに、財政支出に関しても国会を飛ばして自分たちで決められるようになっています。

 
 

内閣だけにこれほどの権限を持たせる内容は世界でも前例がありません。あるとしたら北朝鮮くらいです。アメリカ大統領でも議会を通さずに法律並みの効力を持つ命令を下せる大統領特権がありますが、これは行政令であり、立法ではありません。つまり、アメリカの大統領以上の権限を内閣に持たせるということになります。

 

確かにフランスや韓国では、大統領が一時的に立法に当たる権限が与えられる規定がありますが、その権限を行使できるのは、フランスの場合は「国の独立が直接に脅かされる」とか、韓国の場合は「国会の招集が不可能になった場合」に限定されています。

 

一方で自民党草案の場合は発令要件が非常に曖昧なことが問題です。発令要件をみると「外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるとき」とされています。

 

文中には「等」という文字が二回出てきますが、この一文字をつけるだけで解釈の余地ができてしまいます。また、「その他の法律で定める緊急事態」というのも、あとで変えられたり、新しく作られる可能性のある法律に委ねてしまっているために、非常に曖昧です。

 

外部からの武力攻撃や内乱等による社会的秩序の混乱などはただの例示に過ぎず、必要条件ではないのです。要するにここで規定されているのは内閣総理大臣が「特に必要があると認める」だけで緊急事態条項を発動させることができてしまうというのです。

 

他の国でこのような曖昧な要件はありません。例えばドイツでは、防衛事態、緊迫事態、同盟事態、連邦・州の存立に対する急迫事態、災害事態と緊急事態を種類ごとに分類し、それぞれに発動要件を設けています。

 

フランスの場合も前述したように、共和国の制度や国の独立、領土の保全、それから国際協定の履行が重大かつ切迫して脅かされており、しかも憲法上の公権力の正常な運営が妨げられている場合にのみ初めて発動が可能になります。それ以外はないのです。

 

一方自民党草案の場合は内閣総理大臣が緊急と認めれば何でもいいと解釈できてしまいます。

 

極端な例を挙げると、首相が「この不況な時に法案が通らないのは緊急事態だ」と言い出して緊急事態条項を発動させることができますし、反政府デモを「内乱等による社会秩序の混乱」と解釈することもでき、反政府デモを取り締まるために緊急事態条項を発動して、それを取り締まる政令をつくることができてしまうのです。

 

それでは思想の自由や表現の自由を妨げてしまうからあり得ないと思うかもしれませんが、第99条の第三項目をみると、それが保障されるとは限らないということが書かれています。その内容がこちらです。

 

3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。

 

第十四条では平等権、第十八条では身体拘束及び苦役からの自由、第十九条では思想及び良心の自由、第二十一条では表現の自由が保障されていますが、緊急事態の宣言が発せられた場合は、それらの基本的人権に関する規定は「最大限に尊重されなければならない」と書かれてあり、保障するとは書かれてありません。

 

これは逆に言えば、制限をすることもあるということの裏返しでもあります。「最大限に尊重」というのも解釈の余地がある言葉であり、どれだけ制限をかけても「最大限に尊重しています」と為政者が言えば、それでいいことになってしまいます。

 

緊急事態だからといって、思想や表現の自由を制限できるような条文がある憲法を持つ国は私が知る限りはありません。ドイツの場合は、国民の基本権の制限については、信書・郵便・電報の秘密が当事者に通知されることなく制限されうることや、防衛事態の下で職業・職場などの選択の自由が制限されうることは規定されていますが、思想や表現の自由さえも制限しようというのはありません。

 

このようなことはあり得ないという人がほとんどだと思いますが、条文を見る限りそれが完全に否定できないような解釈の余地を残していることが問題なのです。解釈の余地がある場合、後世にヒトラーのような為政者が万が一現れた時に、拡大解釈で緊急事態条項を濫発されてしまうことも考えられます。

 

実際にヒトラーも首相に就いた直後にワイマール憲法の緊急事態条項に相当する大統領緊急令を発令させることで抵抗勢力を一掃し、ナチ党による独裁への突破口を切り拓きましたが、その大統領緊急令の発令要件もかなり曖昧なものでした。

 

曖昧がゆえに、ヒトラーが首相になる前からヒンデンブルク大統領は、国会において利害対立が激化し、立法府としての機能を果たせていなかったのをみて、大統領緊急令を濫発していました。その結果、議会政治は名ばかりとなり、国会は空洞化していたのです。その間隙をつくようにヒトラーは首相に登り詰めました。

 

これに関しては次の記事で詳しく話そうと思いますが、そのように憲法を利用して独裁政治へ繋げるような人物が現れないようにする必要があります。当時最も民主主義的といわれたワイマール憲法でさえ欠陥はあり、結果的に独裁者を生み出してしまったのですが、その反省を込めて戦後の憲法は更に慎重につくられました。

 

そもそも憲法で国家権力を縛るというのが立憲主義であり、憲法は国民の人権を国家権力から守る役割を持っています。そのため、そのような独裁に繋がるような危険性を排除できていないという時点で、自民党の草案は欠陥のある案だと言わざるを得ません。

 

改憲する人たちが善良であっても、何十年後かにそれを悪用する人物が出てこないとは誰にも断言はできません。だからこそ憲法では、誰もが認識を一致し、納得できるほどの解釈の余地がない条文にしなければ、あとで大きな問題に発展してしまいます。

 

また、緊急事態の歯止めがかなり緩いことも問題です。

 

第98条の二項目目に

 

2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

 

とあるように、国会の承認が事後でも良いとされていて、唯一の歯止めが第98条の第三項目のこちらです。

 

 3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

 

事後に不承認の議決があれば解除できますが、それまでに政令を作られる可能性もあり、前述したように時限が設けていないことも問題です。

 

例えば、ドイツの憲法に相当するボン基本法における緊急事態条項では、非常に権限の強い合同委員会を緊急時用に設立することができるのですが、合同委員会が可決した法律や命令は「防衛事態」の終了後、遅くとも6か月、または「防衛事態」の終了に続く次会計年度の終了と共に効力を失います。つまり、合同委員会がつくれるのは時限付きの法律なのです。

 

このように時限を設けないことには、緊急時用の政令が緊急事態の解除後にも残ってしまいます。つまり、為政者の都合の良い政令がどんどんつくられる恐れがあるのです。

 

また、ドイツの場合は、憲法で「防衛出動事態」の規定を置いていますが(第115a条~第115l条)、防衛出動事態の開始は、内閣が単独で確定させることはできず、連邦議会が議決することになっています。終了についても、内閣の意思に関係なく、連邦議会が防衛出動事態の終了を宣言できるようになっています。つまり始まりも終わりも、内閣ではなく、議会が判断することになっているのです。これは議会の責任の明確化ということであると同時に、行政府の専横を許さない形だと言えます。

 
 
一方、自民党草案の場合は内閣が緊急事態と認めれば、何でも緊急事態になり、議会の承認は事後でもいいという、かなり抑止力が弱い緊急事態条項といえます。
 
 
 

素案(2018年)の緊急事態条項の問題点

 

 

さすがにこの草案には批判が多く集まりました。それに対応してかどうかは分かりませんが、2018年に出した素案ではこのように変えられました。

 

《第七十三条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。

② 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。》

 

個人的な見解から言うと、草案からの改悪としか思えないほどの内容です。

 

お気づきになられたかと思いますが、これにも政令の対象が限定されていませんし、時限もありません。

 

また、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」というように解釈の余地が依然としてあります。この「その他の異常かつ大規模な災害」にテロや戦争などの「武力攻撃」も含まれることが考えられます。

 

しかし草案では「我が国に対する外部からの武力攻撃」と限定されていたものが削除されてしまったので、更に解釈の余地が広がってしまいました。

 

つまり、地理的な制限がないので、外国で起きる武力攻撃でも、例えば同盟国のアメリカの軍が攻撃されたということは我が国にとっても危機、つまり「国民の生命、身体及び財産を保護する必要がある」ということで、緊急時用の政令が作れるということになります。

 

災害は武力攻撃も含まれるのかという話ですが、国民保護法には「武力攻撃災害」という概念があります。それは「武力攻撃により直接又は間接に生ずる人の死亡又は負傷、火事、爆発、放射性物質の放出その他の人的又は物的災害」のことを指しますが、要するに一般的なイメージの武力攻撃です。つまり、ここでいう災害も武力攻撃が含まれうるのです。

 

また、草案では法律と同じ効力の政令を制定できると書かれてありましたが、素案には『政令を制定することができる』としか書かれてありません。

 

一般的には国内法は、憲法が一番効力が強く、次は法律、その次に政令がくると考えられています。なので、素案で書かれてある政令は法律より効力が弱いのだと、誰もが考えるでしょう。

 

しかし、『憲法に緊急事態条項は必要か』の著者で災害問題の専門家である弁護士、永井幸寿氏はここでいう政令は現行の憲法では認められていない「独立命令」に当たり、法律と同等の効力を持つことが考えられると指摘しています。

 

どうしてそんなことが言えるのかというと、同氏によれば、素案に書かれてある「国会による法律の制定を待ついとまがない」時というのは、つまりは法律の制定に替わるものを内閣がつくるという趣旨であり、「速やかに国会の承認を求める」と書かれてあるということは法律と同等であるというという解釈ができるといいます。

 

そもそも現行の憲法では政令は国会の承認を必要としません。この政令は今までの政令とは違うのだと考えられます。現行の憲法では政令は内閣が制定する命令を意味し、法律が限定した範囲で罰則規定が設けられる「委任命令」と、法律の実施に必要な手続きや形式を定める「執行命令」の二つに分けられます。

 

今回の素案で言われる「政令」が現行の憲法で定められている命令と同じものであるとすれば、この委任命令と執行命令に関する既定の条文、すなわち、第73条の第六項の改正という形をとるはずですが、素案では緊急時用として別個の条文を作っています。

 

法律の委任とか執行とかというものと関係のない命令、つまり法律に根拠を置かない政令が出せるという意味であり、これは現行の憲法では認められていない「独立命令」に当たると考えられ、大日本帝国憲法の「緊急勅令」と同じものであると永井氏は指摘しています。

 

独立命令とは行政府が法律を根拠とせずに独立に定める命令のことで、大日本帝国憲法では天皇に独立命令権が認められていました。

 

また、大日本帝国憲法第8条において、天皇には緊急勅令権が認められており、それは帝国議会閉会中に「緊急の必要がある」場合に法律に代わるものとして勅令を出せるというものでした。この緊急勅令によって治安維持法が改正されたりしたのですが、今回の素案にある条文に出てくる「政令」はこの緊急勅令に相当するものだと考えられるというのです。

 

2012年に出された草案では「何人もこれに従わなければならない」とか「命令が法律と同等の効力を有する」とかのかなり厳しい言葉で、独立命令であるとはっきり示していたわけですが、2018年に出された素案では、そのような警戒されやすい言葉をやめて、ただの「政令」になりました。

 

しかし、永井氏の指摘をみると、実態は何も変わっていないことが分かります。

 

改めて言うまでもありませんが、この指摘が正しい、間違いではなく、そのように解釈ができるということが問題です。

 

法律と同等の効力を持つのであれば、安保法制や集団的自衛権を強化することもできますし、今まで踏み込めなかった核保有も憲法9条の改正をセットにすることで、理論上は可能になってしまいます。

 

また、この素案はかなりシンプルな条文で、手続きに関する規定もありません。草案でさえ「内閣総理大臣が緊急事態を宣言」とか「事前または事後の国会の承認」とか書かれてありましたが、素案にはそれが一切ないのです。

 

そのため、国民が知らないうちに緊急時用の政令が発せられることも考えられます。

 

また、草案では100日という期間制限を設け、継続するには国会承認が必要という枠組みにしていましたが、期間制限の文言が消されています。更に、第2項には、国会の承認が得られなかったときの効果が定められていません。

 

大日本帝国憲法の天皇の緊急勅令でさえも、第8条の第2項で「勅令が出された次の会期において、議会において承諾されないときは、将来に向かってその効力を失う」ということが明記されていました。自民党が新たに出した素案には、それに相当するものがないのです。

 

以上のように、誰がどう見ても問題点ばかりで、海外の国家緊急権と比べても穴だらけです。

 

また、ここでは詳細まで話しませんが、2018年のたたき台素案の第64条の第2項では緊急時に国会議員の任期を特例で定めることができるということが書かれていますが、これも突っ込みどころが満載です。その特例の範囲も全く言及されていませんし、時限もないので、最悪の場合、任期を半永久的に延ばされ、選挙をしなくてもいいような状態にもっていかれることも考えられるのです。

 

しかし、これはあえて無茶な要求をして、あとで本命の要求を出すという作戦だとみていいでしょう。営業テクニックの一つにdoor in the face techniqueという交渉術がありますが、それは本命の要求を通すために、まず過大な要求を提示し、相手に断られたら小さな(本命の)要求を出す方法です。

 

それを応用したものをやっているのではないかと私は見ています。なので、今後また新たに改正案を出してくると考えられますが、それに注意する必要があります。

 

そもそも、この緊急事態条項を新設する前に、インフルエンザ特措法や災害基本法などの現行の法律を改良することから議論を進めるべきでしょう。災害が起きた後に慌てて法律をつくっても上手く機能せず、更に混乱を招いてしまいます。

 

新型コロナウイルスなら、それ用の法律を新たに作って、自粛要請に対する休業補償金や国民に配る給付金などの定めも予め細かく作っておくべきでしょう。それでも対応できない時、つまり最終策として緊急事態条項を設けることは良いことだと思いますが、その場合は発動要件や政令の対象も明確にし、時限を設けるべきです。そしてある程度の抑止力も必要です。

 

ウイルスなら緊急度を段階化し、どの段階から緊急事態条項を発令できるかを定め、ウイルス対策用だけの政令を出すことができるとし、ウイルスが収束した時にはその政令の効力を止めるというように、明確に定める必要があります。でないと、ショック・ドクトリン的に緊急事態条項を悪用する為政者が現れてもおかしくはありません。

 

また、ドイツやフランスのように国民の抵抗権を定めるべきでしょう。

 

ドイツのボン基本法の第二十条の4項では、「すべてのドイツ人は、この秩序を除去しようと企てる何人に対しても、他の救済手段が存在しないときは、抵抗権を有する」と定められています。つまり、この抵抗権は緊急事態条項の濫用に対するひとつの歯止めになっているのです。

基本権の停止や民主主義の否定を、緊急事態条項を通じて行おうとする政治的な権力が万が一現れた場合に、国民はそれに抵抗する権利を持つわけです。

 

またフランス憲法の場合は、その前文で、1789年のフランス革命時の人権宣言を憲法の一部として組み込んでいますが、その人権宣言の第2条で「自由、所有権、安全、及び、圧政に対する抵抗」を時効によって消滅することのない自然権として規定しています。これも緊急事態条項による圧政の歯止めとなり得ます。

 

改憲したい本当の支配層

 

さて、ここまで見ると、自民党案の緊急事態条項が海外と比べて、いかに問題点が多いものであるかがハッキリとしたと思います。

 

しかし、改憲の議論をする時は、この緊急事態条項や第9条だけでなく、他の条文もしっかりと見る必要があります。これはまた別の機会に取り上げますが、他の条文にも問題点は多数あります。そしてこの改憲草案をつくったのは自民党員ではなく、どうやら官僚であることが見え隠れしているので、官僚の視点でどう変えていきたいのかということを見る必要があります。

 

こういった改憲の是非を議論するときは内閣メンバーに批判が集中しがちですが、それも右翼と左翼を対立させるヘーゲルの弁証法とみたほうがいいです。

 

言うまでもありませんが、内閣が本当の支配層というわけではありません。政治家はあくまで代弁者です。ヘーゲルの弁証法を利用して、日本をどのような方向に誘導していきたいのかという本当の支配層の視点で考察する必要があると思います。

 

為政者がつくった改憲案を思考停止的に受け入れるでもなく、改憲を頭ごなしに否定するでもなく、中立の視点でみてみましょう。私個人的には前述した理由から、自民党案の改憲には反対ではありますが、改憲すること自体は良いと思います。諸行無常が世の理でありますから、憲法も時代に合わせて変わったほうがいいでしょう。また、現行の憲法はGHQの指導の下で作られた憲法ですから、新たに自主憲法を制定することで独立国であるという象徴が生まれます。

 

対外侵略からの防衛手段としての自衛隊を明記して、合憲化することにも賛成です。しかし、対外侵略を許す集団的自衛権には反対です。世界の支配層たちにいいように使われることが目に見えているからです。

 

こういったことを議論するときは、右翼と左翼の生産性のない対立から脱却すべく、中立の視点で物事を見て、私たちであればどのような憲法を作るかということを一人一人が考える必要があると思います。

 

国政というものを為政者だけに任せていたから、今このような現状になっています。為政者に提示された案の是非を論じるだけでなく、自分たちであればどうするかという視点でみてみましょう。

 

そのような視点で物事を考える人が増えれば、一人一人の政治意識が高まりますし、全体の意識が底上げされ、政治家のレベルも上がると思います。隣国を貶めるような差別意識をなくして、右も左も手を取り合って、みんなで本当の平和とは何かを考えて話し合えば、より良い憲法ができるはずです。私はそう信じています。

 

さて、今回はここで終わりにして、次の記事では戦前の日本とドイツがどのように緊急事態条項を活用したのかというの歴史を見ていこうと思います。戦前を現代になぞらえるためではありません。

 

これを知ることで、緊急事態条項を考察するための大きなヒントになると思いますし、世界恐慌から戦争に突き進んでいった歴史を振り返るにあたって、緊急事態条項というのは良いテーマだと思います。

 

それでは今回も最後までご覧いただきありがとうございました。

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